ただいま

ただいま

私の幼なじみから電話がありました。しかも女性です。女性と電話するなど何年振りでしょうか、さぞかし天国の祖父も喜ぶことでしょう。で、電話の内容なんですけど、単純な愚痴話、相談話ですよ。言う方は誰かに話してスッキリするかもしれませんが聞くほうはたまったものじゃありません。まあ、彼女のことをA子さんと呼びますけど、A子さんも苦しんでのことでしょう。なにせ僕に相談するぐらいですからね。

A子さんは今年の春、お嫁に行きました。いわゆる新妻というヤツです。相手方の両親と同居しているらしいのですが、嫁ぐ前はA子さんかなりビビっていました。「私、絶対に姑にいびられるわ」「亭主もきっと助けてくれないんだわ」などと妄想全開で心配しておりました。しかも、嫁ぎ先が信州の山村、コンビニどころか自動販売機もないような場所でして、「もう遊べない」などとぬかしておりました。そんなに嫌なら結婚しなきゃいいじゃん、などと思うのですが、彼女曰く、「それでも旦那が好きだから嫁に行く」だそうで、なんともわけのわからん女だと思いました。マリッジブルーってやつですか?

で、実際に村に嫁いだA子さん。予想とは裏腹に優しい先方のご両親に、愛情たっぷりの主人、遊ぶ場所がなくても山菜取りや川遊び、畑仕事が楽しくてしょうがないそうです。彼女の危惧した事柄全てが杞憂に終わり、バンバンザイでした。

じゃあ、何故A子さんは思い悩んで私のところに電話してきたのか?

今日のポイントはここにあります。実は彼女が思い悩んでいる事柄、それは「方言」なのです。山間の集落、かなり方言がきついようで、A子さんは嫁いだ当初は別言語のように聞こえたらしく、いちいち旦那に通訳してもらってたそうです。

しかし、不思議なもので長く暮らしていくと亜流とはいえ所詮は同じ日本語、次第に意味もわかってくるようになったそうです。一般的に方言とは、なまっていたり、語尾が微妙に変だったり、全く違う言い回しだったりするわけなんですが、なまりや語尾の変化は対処するのが容易いようです。問題は違った言い回し。全くこれは意味がわからないと言っておりました。言い回しが違うだけならまだ良くて、もっと困るのは意味が違うのに同じ言い方という表現らしいです。例えば

標準語「こんにちわ」→方言「ただいま」

「こんにちわ」という意味合いで「ただいま」を使うらしいのです。これにはA子さんおったまげたらしいです。人と会ったら「ただいま」。人の家を訪ねても「ただいま」。村の集会所に皆が集まっても口々に「ただいま」「ただいま」。もうなにがなにやらわかったもんじゃありません。

田舎ですので、都会のように隣人との関係が希薄ということはありません。もう密に仲良くしてるわけですよ集落全体で。で、家の鍵なんかもかかってませんから、隣人たちが家に平気で上がってくるらしいです。当然、無言で家に入ってくるわけではありません、挨拶をしながら入ってくるわけです。「ただいま」と

「ただいま」「ただいま」

見知らぬ婆さんや爺さんたちが口々に「ただいま」と言いながら家に上がってくるのです。A子さんビックリしちゃって、「この人は家族なのかしら?」などと本気で思ったようです。で、あまりにもしつこいから、「ただいま」って言いながら入ってきたオジサンを「ココはアナタの家じゃありません!入ってこないでください!」ってヒステリックに怒っちゃったらしいです。それからですよA子さんが村八分になっちゃったのは。「あそこの嫁は常識がない」と口々に噂されるようになったそうです。

彼女は本当に思いつめちゃって、「離婚するかもしれない」などと言っておりました。本当に言葉って難しいなぁと思います。A子さんは可哀想ですが、彼女が結婚する際に「悪いわね先に幸せになっちゃって、アナタもいい人見つけなさいよ、アハハハ」とウェディングドレス姿で高笑いしていたのを思いだすと、「はやく離婚しちゃえ」などと思ってしまいます。そんな僕は悪魔ですか?

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